オロドウ日記

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アタリショック以降のアタリ(前編)

すみません、風邪ひいて更新予定時期にかけずに若干遅くなりました。

 

www.cakaricho.com

 

今回はアタリショック以降のアタリについて書きたいと思います。動画では「消えそう」という曖昧な表現をしたのですが、そうとしか書けないなんとも微妙な感じなたのです。もう少し詳細を動画にしようとしましたが尺が足りなかったため、ざっくりと解説しました。今回はこちらを深掘りします。

 

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アタリゲームズ

アタリ社はアタリショック以降、CEOだったレイモンド・カサールは退任、新たにジェームズ・モーガンが就任しました。モーガンはリストラなどを行い、巨大だったアタリ社の縮小させましたが、赤字続きでした。しかし、だんだんと復調の兆しが見え始めました。

ものすごい勢いで成長して崩壊した家庭用ゲーム機部門とは対照的に、業務用ゲーム機部門は勢いを保ち、安定しておりました。「テンペスト」や「クリスタルキャッスル」など代表的なゲームもあります。自社開発以外も、日本のメーカーから許諾を受けてAtariシリーズ向けソフトも製作。代表的なのがディグダグやゼビウス、ポパイなどです。特にナムコに関してはゼビウスなどたくさんのソフトを、アタリのおかげで米国で発売することができ、蜜月の関係を築いていました。ちなみにアタリの日本法人だったアタリジャパンはナムコが買収しております。

そんな中、経営的に失敗して立て直しには大きな資金を必要とする家庭用部門は1984年に分割して売却されることになりました。ワーナー本体がメディア王のルパード・マードックの買収攻勢にあっていたのも影響したと言われています。

残ったアーケード部門は「アタリゲームズ」となります。

順調な経営

1985年ナムコはアタリゲームズの40%以上の株式を購入して経営権を取得しております。この関係は社長だった中村雅哉氏が会長に退いた1990年まで続きます。

アタリゲームズは16ビットCPUを含むメイン基板とROMカートリッジで構成されるシステム1を開発して、マーブルマッドネスなどのソフトでヒットを飛ばすことになります。その後もガントレットなどのソフトも送り出すなどして順調に業績を回復させました。

再びしくじるアタリゲームズ

アタリゲームズは調子にのって、アタリゲームズ製ゲームの家庭用ゲーム移植を目指してテンゲンという会社を設立します。マーブルマッドネスなどをNESに移植しようと試みますが、米国任天堂と製造ロット数で揉めることとなります。

テンゲンはNESを解析して、独自にNES用のソフトを販売した結果、米国任天堂と訴訟沙汰になります。さらにテトリスの販売権も絡み対立は続きます。

結局任天堂に有利な条件で和解した結果、アタリゲームズ自体が傾くことになります。

再びワーナーへ

その後、ワーナーがタイム社に買収されたことによりアタリゲームズの名前がタイムワーナーインタラクティブとなりアタリの名前は一時的に消えました。

1996年にタイムワーナーはアーケード部門をピンボール大手のウィリアムス・インダストリーズに売却。このときにアタリの名前は復活しますが、7ヶ月後に分離されたミッドウェイゲームズにアタリブランドは引き継がれますが、ミッドウェイゲームズが2000年にアタリブランドの使用を停止します。

しかしそのミッドウェイゲームズが2009年に破産して、ワーナーが買収して、再びアタリゲームズの権利はワーナーの元に戻りました。

社員はどんな気持ちだったのでしょうかね?

 

回復しようとするも再び傾くところが

ある意味アタリっぽいな 

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アーケードの開発能力は高かったっぽいよな

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        次回はあの迷ゲーム機を作った方をやるよ

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それは期待なのか絶望なのかどっちなんだ?

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